2012年04月22日

道尾秀介「光媒の花」

人間は
自分を汚いとののしっていても

他人を憎んでいても
愛しい人を死なせても

そして生きていたくなくても

生きていかなければならないと思う

死ねば何も残らないなら
死んだ自分は楽になれるのかどうかは

誰にもわからない

苦しいことから
誰でも逃れたい、目をつむりたい

嘘をつく
嘘を演じる
嘘を本当だと思い込もうとし
時にはそれに成功する

けれど
どうしてもだませないもの
一時の妄想で嘘を本当に仕立てても
やがては気付いてしまうもの・・がある

じぶん、ジブン、自分・・・
殺人を人の罪に塗り替えようと
自分は知っている
わたしがやったんだ・・・・と

つらいことにふたをして
生き続けても
ふたはやがて歳月の風雨にさらされ
朽ち

いつか
ボロボロと剥がれ落ちるだろう

生きていたくない
と思わせるできごとが
昨日もあって
今日もあり、
この先
まだいくつもあるはずだ

どうして自分をだませば
それらと折り合えるというのか・・・

決して
そんなことはできないと思う

目をカッと見開いて
対峙するしか
開き直るしか
時には背を向けて逃げるしか

ないのだと思う

「苦しみを楽しむ」と心理学者の故河合隼雄さんは書いた

生きることに
ことさら意味をつけなくても

苦しいことが多い毎日を
逃げながら
泣きながら
ため息ついて
呼吸して生きるだけで

それが「生きる」ということだと思う

             

 

  
posted by タマコ at 10:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あじさい

ajisainome.JPG





   去年までに大きくなりすぎたあじさいを

   何とか小さくしたり、どこかへやってしまおうかと
   あじさいにとっての意地悪をさんざんしてしまいました

  そのおわびと言うのか
  申し訳程度に
  差し芽をしておいたら

  先日、暖かな日の庭で
   新芽を出してるあじさいを見つけました

  おもわず
 「ごめんなぁ〜」と声に出しました

   高校の同級生に
   文武両道の才女がいました

   そうだから、というのではなかったけれど
   やっぱその子のかっこよさが好きで友達面してました

  高校の時と
   短大の時との二度
   わたしの部屋へ泊まりにきた時は

   わたしのベッドに寝そべって
   ずっと文庫本を読んでました

   クールでいつもフフン、と笑っている彼女が
   一度だけ
   わたしの前で涙を流しました

   お父さんは早くに病死していましたが
   お母さんとおばあさんの仲が悪いようでした

   嫁、姑のことだから多少はしかたないのかもしれないけれど
   高校生だった彼女には
   重大でつらい日々だったんでしょう

   すーっと一筋流れる涙を

   わたしは
   何か、宇宙人が一生に一度見せるそれのように

   不思議な想いで見つめ
   何一つ、慰めも励ましも言えませんでした

   その子が
   「わたしは、あじさいが好き」と言った、その日から
   わたしもあじさいが好きになりました

           
   
    
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2012年04月11日

小池真理子「無花果の森」

夫の暴力から身一つで逃げだし、名もないさびれた田舎町へたどりついた女性が、ある出来事から彼女を知る男性と、奇しくもその町で再会する・・・

やがて二人は恋に落ち、ハッピーエンドとなるのか否か・・・はまだ読んでいない人へのお楽しみにしておきます

主人公の女性、泉は夫からの暴力に耐え忍んできたが、なぜ、もっと早くに逃げようとはしなかったのか、と思います
でも、夫婦だから、きっとどこかで修正できるし、そうしたいという願いは強く泉を押し留めていたのでしょう

それでも夫は変わる努力もしなかったし、変わることもなかったのです
そんな夫の傍にいなければならない理由は既になかったはずです

泉は決して、つらい境遇でも、「死ぬこと」は考えませんでした
意地でも生きてやる、という気合を感じるほどでした

つらいことって
そのさなかにあっては、確かに死を魅力的に思わせてしまうけど

自分がいつか自然に死を迎える時になってみれば
どんなつらさも
薄れた思い出となり得るし
通り過ぎれば
あぁ、過ぎていったじゃないかって傍観できると思います

死に比べれば
生きるつらさは全部飲みこまれるし、和らいでいくのではないでしょうか・・

つらいことから、逃げることは卑怯でも負けでもないです
自分を維持するために、逃げる道を取ったなら
それは結果として負けたのではないです
つらさにふたをし
逃げるのも

克服して闘うのと同じくらい
選ぶべき方法ではないかと思います

是非、読んでみてください

            
posted by タマコ at 09:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月25日

誕生日

兄が肺がんで逝ってから、早や半年以上が過ぎました

最後の顔を、声を、目を、全てを
忘れることはできません

きのうは兄の誕生日でした

死んだ子や親や兄弟の誕生日に想いを馳せることの
さみしさは

どんな言葉を使えば表現できることでしょう

「兄ちゃん」
と小さく、口の中から出ないような声で言ってみます

たったそれだけで
まるで漫画かドラマのように

すーっと涙が流れます

兄ちゃん、今、どこにいるんですか
何をしていますか

あなたがいるそこから
リアルタイムの私やお母さんが見えるのなら

手を振ってみて

私たちだって
今の、今この時の
あなたの姿が見たくて見たくてたまりません


    aki_0011.gif

posted by タマコ at 12:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月18日

夢子さんへ

とても長い時間を、私はあなたと過ごしてきたと思います

家庭を持って、ダンナや子供と過ごしきた時間よりはるかに多い年月です

私が少しの間住んでいた港町へ、あなたを呼びつけたこともありました
夏休みに帰省する長い旅路をあなたと共にいたくて、その魂胆はあなたにもわかっていたでしょうが・・・

あなたの下宿へ遊びにも行きましたね

あなたの部屋に山口百恵ちゃんのとても大きなポスターが貼ってありました
あのポスターはもう色あせ、あなたは捨ててしまったのでしょうか・・・

『未知との遭遇』という映画を一緒に見たのも大昔ですね

あなたと軽い友達の部分も持とうと私は悪あがきをしたこともありました
あなたはそれを、そうだと気づいていましたか?

数年前、映画に行かないかと誘いましたが
あなたは、あんまり映画は好きじゃないんだと言いました

お得なケーキバイキングがあるから行こうと誘ったら
それ、この前、職場の同僚に誘われて行ったばかりだと言いました

今では赤面するような、子供みたいなことも言いました
あなたが、誰か他の女性のことを名前で呼んだ時
私には「〇〇チャン」と聞こえました

私は何か、嫉妬を覚えて
「チャンづけで呼ぶなんて、仲がいいのだ」と少し怒ったようにあなたに問いました

それは私の聞き間違えで
「〇〇さん」と言ったとあなたもむきになって言い返しました

あれはまるで小学生の女の子二人の、独占欲まるだしの戯れでしたね

けれど、そんなことさえ、私は嬉しかった

何か相談事があってあなたを呼び出す時さえ
あなたはそんなに時間はないからと、どこのお店に入るのも嫌がり

外で缶ジュースやお菓子を食べながら
話しこみました

それはじゅうぶんにどこかでお茶を飲む時間を超えていたけれど・・・

ちょっとどこかへ行こう、と私が言うと
あなたはいつも家の用事や
自分のダンナや子供を誘えばいいと言ったけれど

本当は私との時間こそが重荷だったのですか・・・?


   horsetail01s.gif

posted by タマコ at 08:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする